かけがえのない娘たち




小学3年生、この夏9歳になる、長女のゆい。

読書好き。

従姉妹のさくちゃんから、どれだけ読んでも当分読みきれないほどの本のお下がりをまたもらって、そのお陰もあり、様々なジャンルの本、小説を読んでいます。

親が思う以上に興味の方向は多方面で、手当たり次第読むタイプ、つい先日は盲導犬の実話を読んでいて。最後にはその盲導犬が天に召されるお話らしく、悲しいのと感動とで、はらはらと涙を流していました。

ゆいは、chibicoのブログもちょこちょこ読んでいます。

もう色々と分かっているし、個人のプライバシーもあるし、彼女が描いた絵や書いた文章、スケジュールや発言など載せる時は、ゆい本人にこれ載せてもいい?と確認を取っています。

そして、自分のことが書いてあると、嬉しくもあるみたい♡

 

ふと、大昔の記事、子宮外妊娠について書いていたものを読んだゆい。

「これも、ママのことなの?」驚いた、ほんの少しおびえたような口調で聞いてきました。

「ママ、痛かったの?」

「本当だったら、もうひとり、いたの?」「5人家族だったの?」って。

どこまで読んで、内容を理解して飲み込んだのか分からないけれど、ママはすごく大変な思いをしたのだと察したことは確か。

そうだね、そういうこともあったね、とchibicoも日々の生活の中ではもう忘れていたことを思い出しました。

忘れ去っている訳ではなく、自分の人生の中で起こった覚えておきたい事柄だからこそ記事も残してあったのだけれど、どんどんビュンビュン過ぎていく満たされた日々の中で

それを思い返すことはなく。

「男の子だった?女の子だった?」と聞くので、そこまでは分からなかったんだよって。

それはずっとずっとずーっと前の話でね、今は、ママはゆいちゃんが生まれてきてくれて、ももちゃんが生まれてきてくれて、

だから、本当にすごくしあわせなんだよって話をしました。

ゆいが、目を真っ赤にして涙を浮かべて。

もしかしたら自分にお兄ちゃんかお姉ちゃんがいたのかもしれないと思ったのか、ママが辛い思いをしたことに心を痛めているのか、8歳のゆいが、一生懸命に何かをこらえていて。

ふるふると揺れる睫毛。何と言って良いのか分からない、けれどママをすごく慰めたいと慮っている様子が、もう、愛しくて、愛しくて、

chibicoも胸がいっぱいになり、感情がうわーっと噴き出して、涙が溢れて。

そして、ゆいは一緒に泣いてくれたんです。

愛しくて、愛しくて、たまらなかった。

2007年に子宮外妊娠して、気絶するほどの激痛で、卵管切除の手術をした時。こどもが欲しくて欲しくて、たまらなかったあの頃。

あの時、自分のこどもが、

本当に真っ直ぐに、人を思いやれる心の優しい子に成長した自分のこどもが、

過去の悲しかった出来事について、心を寄り添わせて、一緒に泣いてくれるなんて

そんな胸が押し潰されそうなほどの愛しさを味わうことが出来るなんて

想像もしなかった。

 

抱きしめてキスして、大好きだよって、本当に大好きだよって、何度も何度も伝えました。

ママとお姉ちゃんが泣いている間で、ぽやんとしながらも、ももも少しもらい泣きしているのが、これまたたまらなく愛しくて。

3人で、ぎゅうぎゅう、抱きしめ合って。

こどもってなんて素晴らしいのだろうと、

かけがえのないギフト、ミラクルなのだと、改めて、深く深く感じて

ゆいとももの存在に、心から感謝して。

あたたかく柔らかい、優しさの繭玉に包まれたように魂が満たされた、そんな夜でした。

 

涙を流しながら絵本を読んで寝かしつけた後、

リモート会議が終わってリビングに出てきた夫君に、ゆいちゃんいい子でね〜、もっちも可愛くてね〜、と話しているともうまた泣けてきて。

夫君に、よしよしと抱きしめられた。

 

こんな非日常な、大変な時だけれど、

だからこそ、

家族のつながりをより一層感じて、心は平穏でいられる。

 

いつも伝えているけれど、もっともっと伝えよう。

愛しているということ。

ありがとうの気持ち。

 




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